2011年10月21日金曜日

通過点

こんにちは。
今日、いつもの散歩道を歩いていたら
木が剪定されているところでした。
そういう時期なんですね。
冬がやってきます。

みなさんも試験がはじまりつつありますね。
宅建もお疲れ様でした。
試験は色々と大変ですよね。
体力もいるし、精神的にもつらいこともたくさんあると思います。

試験なんてひとつの通過点だ、
と誰もがわかっているのに
私たちはまるでそこをゴールかのように
悩んだり、一喜一憂したりします。
体調を崩してしまう人もたくさんいますよね。

もしそれがどうしてもほしいものへ通過点だったら
それはどうしても通らなければならない場所でしょう。
でも多くの場合、その通過点はなんとなく
向こうからやってきて、私たちは受け身的にそれに出会うのです。
だから私たちは必要だと感じつつ、
やりたくない、進みたくない、もう限界だという
気持ちと戦うことになるのでしょう。

自分が本当に欲したものでなければ
私たちは強く求めることはできません。
反対に、本当にいらないものであれば
苦しい想いをしてまで、手を伸ばしはしません。

では、私たちはなんのためにつらくて苦しい思いをするのでしょうか。
たぶん、それは私たちが常に未来に懸けているからでしょう。
いつか欲しくなるかもしれない、いつかいらなくなるかもしれません、
未来の選択肢を増やしておくために
私たちは今、悩み、苦しみ、先をめざすのでしょう。

どうぞぜひがんばってください。
いつも応援しています。

2011年10月14日金曜日

見習い

こんにちは。10月も半分が過ぎました。

私は、電車に乗ると、
一番前の車掌室にはりついているのが
結構好きなのですが、
今日は、「見習い」の腕章をした車掌さんが
「指導係」のひとたち3人に囲まれて
操縦をしているのをみることができました。
あれは緊張するでしょうね。
ただでさえ狭い車掌室はギュウギュウ、
ストップウォッチをもった指導係に
あんな間近で自分の仕事ぶりをみられるだけ
かえってミスが増えそうです。

でも見習い中にそういうプレッシャーに慣れておかないと
こんなにたくさん人をのせるという大仕事に
耐えていけないものなのかもしれませんね。

みなさんもこれからいろんなところで
いろんな指導を受けることでしょう。
「こんなのは本当に必要なのか?」
という指導もあるかもしれません。
でもものは考えようです。
見方をかえればいろんなものは必要だし
いろんなものは不必要だし、
あっていたりまちがっていたりするのです。
私はそう思います。
もしどちらかにしか思えなくなってしまったら
それはちょっと危険信号です。

常に、ほかの可能性を考えること。
そのなかで自分の責任で考え判断していくこと。
カウンセリングルームはそのお手伝いを
していきたいと思っています。
どうぞお気軽にご利用ください。

2011年10月7日金曜日

自分も相手も。

こんにちは。
今日はすっきりした秋晴れですね。
体調を崩したりしていませんか?

今日みたいに暖かい日はなんだかとてもホッとします。
私は冷え症なので、冬がくるのが憂鬱でたまりません。
これまで様々な冷え症対策をしてきましたが
どうしてもその場しのぎになってしまうのは
仕方ないですね。
そんなに簡単に体質が変わってしまうのも怖いですし。

それにしても不思議なことに
私が自分は「冷え症」だと知ったのは
大人になってからです。

小さい頃から、冬になるとしもやけがひどかったり、
人から触られると冷たくてびっくりされたりしていましたが、
「こころがあったかいから」で呆れられておしまいでしたし、
どんな寒い日も元気に外遊びしていました。

なのに「冷え症」と言われたからなのか、
こういうものが「冷え症」なのか、
と知ったからなのか、
対策などとってしまったり
すっかり弱々しく(?)なってしまいました。

熱を測って「高熱」とわかったとたんに
寝込むという人もいますよね。
それと似たようなものです。

子どものころは、
体調が悪かろうがなんだろうが
やりたいことが常に優先されていた気がするのに、
今は簡単に言葉のほうに合わせてしまっている気さえします。

この前も書いたけど、
人から言われたり、何かを知ってしまうことで、
「まだイケル」という自分の可動域を狭めてしまうとしたら
それはなんだかもったいないことのように思います。

もちろん自分で見誤ったり、感覚を鈍らせて、
無理して、自分を壊してしまうことは
とっても怖いことですけど。

自分を信じるか、相手を通して自分を知るか、
両方とも大切ですね。
そもそも自分は相手を通して生まれてきたわけだし。
かといって、もはや自分は自分だけの自分だし。
難しいけど、失敗しつつ、
最大限、自分を生かせる場所をみつけていけるとよいですね。

2011年9月30日金曜日

身体とことば

みなさん、こんにちは。
今日は夏が戻ってきたようなお天気ですね。

とはいえ、秋です。
空は高く広く、
もう18時になると外は暗いし、寒いくらいです。
それに公園の木々は早くも色づき始めているし、
銀杏の臭いはするし、食欲は増してしまうし・・・
目も耳も鼻もきちんと秋をキャッチしているみたいです。

「気づかぬうちに」と私たちはよく言いますが、
実は身体は気づいてた、ということですね。

公園の木々や銀杏だって
「秋だなぁ」と思って変化を起こすわけではない、
というのは当たり前にしても、
私たちが「秋だなぁ」と思う場合、
ことばは感覚の変化の集まりに名前がついたものです。

光が眩しかったり、皮膚がジリジリしたり、
汗をかいたり、身体がだるかったり、のどが渇いたりしたら
私たちは「夏みたい」とか「夏だ!」とか思うのです。

決して「夏だから水を飲む」のではないのです。

私はこういうことをとても大切だと思っていますが、
反対にことばで感覚をごまかしてしまうことも
たくさんあるんですよね。

「自分は明るい性格だから
こんなにおちこむはずなんかない」
など。

みなさんの目はなにをみていて
耳はどんな声をきいていて
鼻はどんな香りをつかまえて
口はなにを味わって
指先や頬や足の先はなにに触れている感じがして
そして、今、本当にほしい、とか
本当にしたい、と思っていることはなんですか?

ことばはとても大切です。
でもことばありきではないはずです。
私たちはことばがしゃべれる以前から
お母さんとコミュニケーションをとっていたのですから。

身体や感覚がことばと正直につながれるなら
それはとても素敵な関係なような気がします。

今週もよい週末を。

2011年9月16日金曜日

占い

みなさんは占いを信じますか?
私はなんとなく一喜一憂します。

「気になる人と急接近」と
あるはずのないことを言われてもウキウキするし、
「失敗だらけの一日」とか言われると
その日わるいことがあったら
「占いのとおりだ・・・」と残念に思います。
たいていは、占いのことなど忘れて過ごしているのですが、
なにかあると人は理由を見つけたくなるものですよね。

たしか、私の今日のラッキーポイントは
「フランス語の名前のお店に入る」(だっけな?)
だったので「簡単!」と思ったのですが、
改めて考えたら「これはフランス語なのか??」
とわからなくなったり、だめなもんですね。

まあ、占いというのはそのくらい
曖昧に利用するのがベターなのでしょう。

最終的には信じるのは、
というか決定するのは自分ですものね。
なんだかんだ自分を育てることが近道でしょうか。

昼間は暑いし、夜は涼しいし、
なかなか調節の難しい気候ですが
みなさん、どうぞお風邪などひかれませんように。

では。

2011年9月9日金曜日

「日記」

みなさんはブログやHPで文章を書きますか?
mixiをやっている人が多いような印象があるので
日記を書き慣れている方は多いかもしれません。

私は小さい頃、日記を書いて
担任の先生に見せていた時期がありました。

いつのまにか日記を書かなくなり、
書いても三日坊主、というのを繰り返すようになってから
お掃除かなにかをしていて
昔の日記帳を何冊もみつけたことがありました。
昔、先生に見せていたあの日記帳をです。

すると今度は自分ですらそれを紐解く気がしないのです。
これはこのまま封印したい、というような
恥ずかしいような、うんざりしたような気持ちになるのです。

どうしてでしょうね。
今、こうして書いているのは
最初から「みられるもの」として書いているので
それなりに一般的なことを書いていると思うのですが、
それでも自然とことばがでてくるときとそうでないときがありますし、
公開してしまってから後悔するときもあります。

でもそれはそれで「まあいいか」と
若いころより思えるようになっているのも不思議です。

小さい頃のほうが本音を書いていたからでしょうか。
それとも年をとるにつれて図太くなってきたからでしょうか。
どちらもあたっている気がします。

大人になった今、当時、すでにおばあちゃんだった
担任の先生に感謝しています。
私はたぶん彼女だったからみせたかったし、
みてもらいたかったんじゃないかと思うのです。

ことばにすること、それを伝えることは
とても難しいな、と感じます。
でもそれを安心して預けられる人がいたら
私たちはちょっとした勇気をもって
それにトライできる気がします。

みなさんはどう思いますか?
たくさん恥ずかしい思いをしながらでも、
みなさんのことばも大切にされますように。
そして、みなさんが安心してことばを発せられますように。

試験が近い人も多いと思いますが、
9月も元気にお過ごしくださいね。
応援しています。

2011年9月2日金曜日

時間

9月が始まりました。
震災から半年、
もう、と感じるか、まだ、と感じるかは
人それぞれだと思います。
時計が刻む時間はひとつの目安に過ぎません。

たとえば、
「時間がたてば忘れる」というのも本当でしょうし、
「一生忘れない」というのも本当でしょう。

それぞれが持つ時間感覚で
それぞれの出来事を体験していくことが
大切なことのように、私は思います。