2011年9月30日金曜日

身体とことば

みなさん、こんにちは。
今日は夏が戻ってきたようなお天気ですね。

とはいえ、秋です。
空は高く広く、
もう18時になると外は暗いし、寒いくらいです。
それに公園の木々は早くも色づき始めているし、
銀杏の臭いはするし、食欲は増してしまうし・・・
目も耳も鼻もきちんと秋をキャッチしているみたいです。

「気づかぬうちに」と私たちはよく言いますが、
実は身体は気づいてた、ということですね。

公園の木々や銀杏だって
「秋だなぁ」と思って変化を起こすわけではない、
というのは当たり前にしても、
私たちが「秋だなぁ」と思う場合、
ことばは感覚の変化の集まりに名前がついたものです。

光が眩しかったり、皮膚がジリジリしたり、
汗をかいたり、身体がだるかったり、のどが渇いたりしたら
私たちは「夏みたい」とか「夏だ!」とか思うのです。

決して「夏だから水を飲む」のではないのです。

私はこういうことをとても大切だと思っていますが、
反対にことばで感覚をごまかしてしまうことも
たくさんあるんですよね。

「自分は明るい性格だから
こんなにおちこむはずなんかない」
など。

みなさんの目はなにをみていて
耳はどんな声をきいていて
鼻はどんな香りをつかまえて
口はなにを味わって
指先や頬や足の先はなにに触れている感じがして
そして、今、本当にほしい、とか
本当にしたい、と思っていることはなんですか?

ことばはとても大切です。
でもことばありきではないはずです。
私たちはことばがしゃべれる以前から
お母さんとコミュニケーションをとっていたのですから。

身体や感覚がことばと正直につながれるなら
それはとても素敵な関係なような気がします。

今週もよい週末を。

2011年9月16日金曜日

占い

みなさんは占いを信じますか?
私はなんとなく一喜一憂します。

「気になる人と急接近」と
あるはずのないことを言われてもウキウキするし、
「失敗だらけの一日」とか言われると
その日わるいことがあったら
「占いのとおりだ・・・」と残念に思います。
たいていは、占いのことなど忘れて過ごしているのですが、
なにかあると人は理由を見つけたくなるものですよね。

たしか、私の今日のラッキーポイントは
「フランス語の名前のお店に入る」(だっけな?)
だったので「簡単!」と思ったのですが、
改めて考えたら「これはフランス語なのか??」
とわからなくなったり、だめなもんですね。

まあ、占いというのはそのくらい
曖昧に利用するのがベターなのでしょう。

最終的には信じるのは、
というか決定するのは自分ですものね。
なんだかんだ自分を育てることが近道でしょうか。

昼間は暑いし、夜は涼しいし、
なかなか調節の難しい気候ですが
みなさん、どうぞお風邪などひかれませんように。

では。

2011年9月9日金曜日

「日記」

みなさんはブログやHPで文章を書きますか?
mixiをやっている人が多いような印象があるので
日記を書き慣れている方は多いかもしれません。

私は小さい頃、日記を書いて
担任の先生に見せていた時期がありました。

いつのまにか日記を書かなくなり、
書いても三日坊主、というのを繰り返すようになってから
お掃除かなにかをしていて
昔の日記帳を何冊もみつけたことがありました。
昔、先生に見せていたあの日記帳をです。

すると今度は自分ですらそれを紐解く気がしないのです。
これはこのまま封印したい、というような
恥ずかしいような、うんざりしたような気持ちになるのです。

どうしてでしょうね。
今、こうして書いているのは
最初から「みられるもの」として書いているので
それなりに一般的なことを書いていると思うのですが、
それでも自然とことばがでてくるときとそうでないときがありますし、
公開してしまってから後悔するときもあります。

でもそれはそれで「まあいいか」と
若いころより思えるようになっているのも不思議です。

小さい頃のほうが本音を書いていたからでしょうか。
それとも年をとるにつれて図太くなってきたからでしょうか。
どちらもあたっている気がします。

大人になった今、当時、すでにおばあちゃんだった
担任の先生に感謝しています。
私はたぶん彼女だったからみせたかったし、
みてもらいたかったんじゃないかと思うのです。

ことばにすること、それを伝えることは
とても難しいな、と感じます。
でもそれを安心して預けられる人がいたら
私たちはちょっとした勇気をもって
それにトライできる気がします。

みなさんはどう思いますか?
たくさん恥ずかしい思いをしながらでも、
みなさんのことばも大切にされますように。
そして、みなさんが安心してことばを発せられますように。

試験が近い人も多いと思いますが、
9月も元気にお過ごしくださいね。
応援しています。

2011年9月2日金曜日

時間

9月が始まりました。
震災から半年、
もう、と感じるか、まだ、と感じるかは
人それぞれだと思います。
時計が刻む時間はひとつの目安に過ぎません。

たとえば、
「時間がたてば忘れる」というのも本当でしょうし、
「一生忘れない」というのも本当でしょう。

それぞれが持つ時間感覚で
それぞれの出来事を体験していくことが
大切なことのように、私は思います。

2011年7月29日金曜日

わからないこと②

こんにちは。
コースによって日程は少しずつ違うかもしれませんが、
試験も終わって、いよいよ夏休みという方が多いでしょうか。
一年生のみなさんは、
はじめての専門学校での生活はいかがでしたか?

専門学校の勉強はとても大変ですね。
私もよくわかっていなかったので、
みなさんからお話をきくたびにびっくりしますし、
「えらいなー」と思います。

私はみなさんが専門学校を
特に「ここ」を選んだ理由をよく尋ねます。
「近いから」「少人数だから」「資格がとれるから」
「親にすすめられたから」など
ありがちな理由はいくつもあげることができますよね。

ここは小さな専門学校です。
前から知っていた、という人は少ないほうだと思います。
でも、
遠いところから通っている人もいます。
一人暮らしをして通っている人もいます。
大学をでてから入学してきた人もいます。
それはどうしてでしょう。

その理由自体がどうというわけではありません。
ただ、私たちはあらためて理由を問われると
わからないことが多いと思いませんか?

あるいは、私たちは大抵のことを
自分で選択できるような年齢になったのに
自分の意思でなにかをやっている、
と感じることが少ないように感じませんか?

なんのために毎日時間をかけて通っているのだろう、
なんのためにこんな大変な勉強をしているのだろう、
なんのために・・・
とか言い出したらきりなく色々な疑問がでてきそうです。

考えれば考えるほど、
自分のこと、毎日のこと、周りのことなど、
わからないことだらけです。
それはわからなくても構わないことですし、
私たちはそれに対して仮の答えを準備することもできるでしょう。
そして、たとえそれが尋ねられるたびに変わっていく答えだとしても、
それはそれで当たり前のことなのでしょう。

専門学校というのは、
いわゆる「将来」というものが具体的で現実的に
迫ってくる場所のように思います。
資格をとるためには実際に点数をとらければならない、
卒業までの期間も二年しかない、
曖昧なものより確実なものがほしい、
そんなふうに思うときもあると思います。

でも少し考えれば
確かなことよりよくわからないことのほうが多いのが
私たちの日常ではないでしょうか。
私たちはその曖昧さのおかげで、
様々な答えがだせるおかげで、
随分助かっているのではないでしょうか。

前回も似たようなことを書いたのですが、
わからなさを無理になかったことにしないこと、
なんでかなー、なんでだったのかなー、
と考えたり悩んだりし続けること、
それだけで私たちの未来は可能性に開かれていく、
と考えるのは思いこみでしょうか。
それでもやっぱり、そうだったらいいな、
と私は思うのです。

2011年7月8日金曜日

わからないこと。

みなさん、こんにちは。
法律経済専門学校の一年生は
宅建合宿お疲れ様でした。
いよいよ最終日ですね。

仲間と勉強すると、焦りや嫉妬や劣等感など
苦しい気持ちも体験すると思いますが、
それも含めてみなさんの成長につながっていくはずです。

勉強は今後の進学や就職という形で
がんばった成果はみえやすいかもしれません。
でも今のこんな気持ちがこれからどう役に立つのか、
ということは自分にも誰にもわからないことです。
それはとてももどかしくて辛いことかもしれません。

でも、子どもの頃を思い出してみください。
暗闇やお化けは怖くありませんでしたか?
サンタさんをドキドキしながら待ちませんでしたか?
「みるな」といわれるとみたくなりませんでしたか?
そしてそういうことが
今よりずっとワクワクしませんでしたか?

なんでもかんでもわかってしまうのはつまらないことです。
どんなにもがいてもその場では知りえないことを
「知りたい」「わかりたい」と願い続けること、
簡単にあきらめないことが
みんなが先に進むドキドキワクワクになっていくはずです。

そういえば、昨日は七夕でしたね。
織姫と彦星は無事に会えたのでしょうか。
一年に一回しか会えるチャンスがない、
しかも雨が降ったら会えない、
とってもスリリングでロマンチックですね。

制限や片思いが人を育てるように
私たちもわからないことを考え続けられたら
それはきっと未来へつながっていくと思うのです。

いつも応援しています。

2011年6月24日金曜日

夏至

みなさん、こんにちは。

夏です。

早速夏バテなどしていませんか?

さて、6月22日は夏至でした。

一応、Wikipediaで確認しましょう。

(最近はなんでもすぐ調べられて便利ですね)。

『夏至(げし)は、一年中で一番昼が長い日。

二十四節気の第10。五月中(旧暦5月内)。

現在広まっている定気法では太陽黄経が90度のときで6月22日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とし、日のほうは夏至日(げしび)と呼ぶ。恒気法では冬至から1/2年(約182.62日)後で6月22日ごろ。

期間としての意味もあり、この日から、次の節気の小暑前日までである。

西洋占星術では、夏至を巨蟹宮(かに座)の始まりとする。』

-Wikipediaよりー

だそうです。

かに座のはじまりだって。

太陽や星の巡りでなにかを区切るって素敵。

私は毎年「夏至」がくると切なくて仕方ありません。「明日から昼間が短くなるのかぁ」と思うと

こんなに暑くても

なんだか「夏も終わり」みたいな気持になってきます。

一日も一週間もあっというまで

そのいつのまにかの積み重ねが「成長」とか「老い」と表現されるものになっていきます。


いろんなこと全部を意識して過ごすことなどできないから

私たちはなんとなく年をとっていくわけだけど、

季節の巡りに立ち止まること、

そして今の時点での自分をみなおすこと、

そんな瞬間があってもいいのかも、と思うのです。